東京高等裁判所 昭和45年(行コ)40号 判決 1971年2月24日
控訴人
公共企業体等労働委員会
代表者
兼子一
指定代理人
峯村光郎
外五名
被控訴人
全逓信労働組合
代表者
宝樹文彦
代理人
小谷野三郎
外三名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人が、その主張のとおり、郵政大臣を被申立人として、公共企業体等労働委員会(控訴人。以下、「公労委」又は「控訴人」という。)に対し、二回にわたり、不当労働行為救済命令を求める申立をし、それぞれ公労委昭和四一年(不)第二号及び同第三号事件として受理されたこと、控訴人が、昭和四二年七月五日、右両事件につき申立を却下する旨の決定(以下、「本件却下決定」という。)をしたことは、当事者間に争がない。
二そこで、右決定の適否について判断する。
(一) 公共企業体等労働関係法(以下、「公労法」という。)第二五条の五第一、二項、労働組合法(以下、「労組法」という。)第二七条第一、四項によると、公労法第二条第一項に掲げる公共企業体等のいわゆる不当労働行為(公労法第三条第一項で準用する労組法第七条各号に掲げる行為)に対する救済を求める申立を受けたときは、公労委は、遅滞なく調査を行い、必要があると認めたときは、当該申立が理由があるかどうかについて審問を行わなければならず、その審問の手続を終つた場合において、事案により、右申立を棄却する命令を発することはできるものとされているが、申立の却下については、法に規定するところがない。しかし、その故をもつて、公労委は、いかなる場合にも、審問手続を経たうえ、申立の認容又は棄却という実体的判断を示す決定をしなければならない、と解するのは、もとより正当でない。けだし、申立の中には、実体的な内容につき審問を行うまでもなくその前提要件において欠けるものがありうるし、法の右規定によつても、申立の理由の有無につき審問を行わなければならないのは、公労委においてその必要があると認めた場合に限られ、それ以外の場合には、審問を行うことを要しないのであるが、そのような場合でも、手続を終結させるため、申立に対する何らかの決定をするを要すべく、その決定は、不当労働行為の存否に関する実体的な判断を示すものでない、という意味において、申立却下の決定と称してさしつかえないとすれば、その意味における申立却下の決定をなす権限は、まさに、公労法第三条第一項、労組法第二七条第一項前段の規定の反対解釈として、公労委の有するところと解しうるからである。
(二) そこで、次に、公労委は、いかなる場合、申立却下の決定をなしうるかが問題となるが、右に述べたところからすれば、公労法及び労組法の規定のうえでは、公労委が当該申立につき審問を行う必要がないと認める場合、というに帰し(なお、法が、審問前の調査の結果に基き審問を行う必要があるかどうかを判断すべきものとしているのは、手続の通常の事態を前提としたものであつて、一たん審問を開始した後その必要のないことが認定される場合も、もとよりありえよう。)、それは、実質的には、申立の実体的な内容に関する審問をなすについての前提要件を欠く場合と解されるところ、法は、その認定を、第一次的には公労委の権限としているが、その認定の適否は、行政庁の処分の適否として、最終的には、裁判所の判断に服するものといわなければならない。
ところで、公労委は、右認定の基準をできる限り明確にし、また、当事者の予測をできる限り容易ならしめる等の見地から、公共企業体等労働委員会規則(以下、「公労委規則」という。)にその事由を列挙しており(同規則第二六条第一項)、この規則は、公労法第二五条の四の規定による委任に基いて公労委が定めたものであるが、いわゆる却下事由じたいに関し規則による規制を具体的に委任した法の規定は、存しないから、公労委規則の該規定は、所詮は、公労法第三条第一項で準用する労組法第二七条第一項の前記規定の一の解釈規定にすぎないものと解するほかない。
従つて、公労委規則に規定された事由が存する場合であつても、その規定の運用については、公共企業体等の職員を不当労働行為から救済しようとする法の右規定の趣旨に反することのないよう、慎重な配慮が払われなければならない、と同時に、右規則に規定されない事由に関する場合であつても、法の前記規定の解釈上許される限り、申立の実体的な内容の審問を行う必要がないものとして、申立却下の決定をすることができるものと解するのが相当である。
(三) ところで、不当労働行為の救済命令に関する公労委の手続は、もつぱら公共企業体等の職員、その結成し又は加入する労働組合等の利益を保護することを目的とするものであつて、常にこれらの者の申立によつて開始される手続であるから、手続が開始された後においても、その存廃は、申立人の意思に依存させるものとしてさしつかえない。公労委による審問の結果、公共企業体等の不当労働行為が存しないものとして、申立棄却の命令が発された場合、それにより公共企業体等が一種の利益をうけることは否むことができないけれども、さればといつて、実体的内容を有する決定によらない手続の終了につき、被申立人の意思を考慮するまでの必要があるものとも解されない。従つて、申立人が申立を取下げた場合、それにより直ちに手続を終了させることとしてさしつかえない(公労委規則第二八条は、これにつき規定する。)と同時に、取下という行為そのものは存しなくても、何らかの事由により、申立人が申立を維持する意思を放棄したものと認められる場合には、公労委による救済を求める利益を放棄したものというべく、申立の実体的な内容につき審問ないし判断をする必要がないものとして、申立却下の決定をすることができるものと解するのが相当である。
(四) 被控訴人は、控訴人が本件却下決定をした昭和四二年七月当時控訴人の制定していた公労委規則中、申立却下の事由を規定した第二六条第一項には、「申立人が申立てを維持する意思を放棄したものと認められるとき」という条項はなかつたのであるから、そのような事由に基いて申立を却下することはできず、本件却下決定は、その点において違法である、と主張し、本件却下決定当時、公労委規則第二六条第一項に右条項の存しなかつたことは、控訴人の自認するところであるけれども、上来説示した理由により、具体的事件において右事由の存する限り、規則にその旨の規定の存すると否とにかかわらず、申立却下の決定をすることができるものと解すべく、被控訴人の右主張は、採用にあたいしない。
ただ、この種の手続は、できる限り明確な基準によつて進行されることが望ましいから、すでにその点からいつても、申立を維持する意思の放棄なるものは、その存否につきなるべく後に争を残さないよう、客観的に明確な場合に限るものと解さなければならない。申立人が申立を維持する意思を放棄した場合には、通常は、みずから申立を取下げるであろうし、たとえ自発的に申立の取下をすることなく放置されていたとしても、公労委において申立人に対しその取下を促すときは、申立人が真に申立を維持する意思を放棄している以上、これに応じて取下をするのが通例であると考えられるから、申立人の所在不明等の場合は別とし、それ以外の一般の場合において、申立人が申立の取下をしないにもかかわらず、あえてなお、申立人のそれ以外の行為、態度等に基いて申立を維持する意志の放棄を認定するについては、その行為等の解釈、判断につき、特に慎重な配慮がなされなければならない。
(五) そこで、公労委における本件手続の経過を見るに、控訴人が主張する原判決事実欄の第二の三の(一)の1から24までの事実(原判決原本三枚目裏七行目から八枚目表一行目まで)は、被控訴人が認めて争わないもの(右のうち、1の(1)、4、5、10、11、12〔ただし、話合いの内容は、除く。〕13、15、16、17、20の前段、21、22及び24の各事実)のほか、すべて、<証拠>に徴し、これを認めることができ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。
1 被控訴人は、昭和四二年二月八日、法規対策担当の城戸中央執行委員をして「提出する書証は公文書を含めて大阪(城東、福島郵便局関係の意味)一〇通、美浦一〇通、これに関連して証人は大阪一〇人、美浦五―六人である」等と発言させて疎明方法を提出したほか、中央執行委員、法規対策部員、代理人等を通じ、右城戸発言と同旨の発言をして申立の理由を疎明した旨主張し、前記証拠によると、城戸中央執行委員の右発言の事実を認めることができるが、この発言の程度では、公労委の手続における証拠の申立というにはあたらないし、その他、被控訴人が証拠の申出をしたことを認めるべき資料はない。
2 被控訴人は、また、控訴人が昭和四二年六月六日審査委員名義の文書で「申立てを維持する意思があるならば」六月末日までに証拠の申出をするよう通告した(この事実は、右のとおり、当事者間に争がない。)のに対し、「証拠の申出については、城戸中央執行委員が述べたとおりであるから、控訴人はまず審問期日を指定すべきであり、被控訴人は同期日の直前または同期日に証人の氏名を明確にする」旨述べた、と主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はなく、原審における証人辻本慶治の証言によると、右通告に対し、被控訴人から控訴人に対しては何らの連絡をもしなかつたものと認めるほかはない。
(六) 以上の経過からすると、被控訴人は、申立後六か月以上(昭和四一年(不)第二号事件については約十か月、同年(不)第三号事件については約七か月)を経過し、その間控訴人の側から再三にわたり督促されたにもかかわらず、具体的な証拠の申出をもせず、控訴人の文書による催告をもいわば黙殺したものであつて、不当労働行為救済命令の申立人として、まことに悠長かつ非協力的な態度といわなければならない。
元来、この種の事件は、その性質上、できる限り迅速な処理が望まれるのであつて、<証拠>によると、控訴人は、昭和四〇年七月、被控訴人等関係労働組合の幹部に対し、手続の促進につき特に協力を要請し、被控訴人等においても、協力を約した事実が認められる。被控訴人が全国的規模の大組合であつて、相当な事務的機構を擁し、また、本件についても数人の弁護士に委任している事実(これらのことは、当裁判所に顕著な点のほかは、弁論の全趣旨により認められる。)をあわせ考えると、被控訴人の前記のような態度は、控訴人に対し、被控訴人がもはや真摯に申立を維持し、早急な救済を求める意思を有しなくなるにいたつたのではないかとの疑念を抱かせるにあたいする程度のものであるといつても、過言ではない。
(七) しかしながら、他面、(五)に掲げた証拠を総合すると、
「被控訴人が証拠の申出を遅延させていたのは、(1)当初は、被控訴人の申立にかかる昭和四一年(不)第二号事件の申立事項のうちに、一部除斥期間経過後のものがあり、控訴人において、これにつき却下決定をしたことから、被控訴人の内部に不満を生じ、その内部的な意見調整に手間どつていたことが主たる理由であり、(2)昭和四二年六月頃の時点においては、証人の氏名を審問期日前のあまり早い時点で明らかにした場合、その者に対し、何らかの圧迫が加わり又はいわゆる切崩しが行われることを懸念したことが主たる理由であつて、控訴人においても、これらの事情は、事実上承知していた。」ことを認めることができる。右のうち、(1)の点は、もとより証拠の申出を遅延させるについての正当な理由となるものではないし、(2)の点も、もしその懸念が相当な根拠のあるものであるとすれば(この点については、十分な資料がないので、いずれとも認定しない。)、関係者の協議のうえ、適宜な処置を講ずべきである、ということはできるとしても、単に被控訴人がそのような懸念を有するというだけでは、証拠の申出を遅延させるについての正当な理由となるものでないことは、いうまでもない。しかし、被控訴人が右のような理由から証拠の申出を遅延させていることが明らかである以上、右証拠申出遅延の態度のみをもつては、いまだ、被控訴人において、救済命令の申立を維持する意思を放棄したことが客観的に明確であるということはできない、と解するのが、前記に説示した趣旨に合致するゆえんである(なお、控訴人の昭和四二年六月六日付文書の趣旨が、被控訴人の意思を擬制しようとするにあつたとしても、そのような擬制を認めるべき法律上の根拠はない、といわなければならない。)
(八) 申立人たる被控訴人が手続の進行に協力せず、適時に証拠の申出をしない場合、控訴人の審問の手続の円滑な進行が妨げられることは、想像するに難くない。しかし、審問前の調査の手続においても、審査委員長等は、適当な方法によつて事実の取調をすることができるのであるし(公労委規則第三〇条第二項)、審問の日時は、もとより審査委員長において定あることができ(昭和四四年公労委規則第一号による改正前の同規則第三二条第一項、現行規則同条第一、三項)、申立人又はその代理人が出頭しない場合でも、審査委員長等が適当と認めたときは、審問を行うことを妨げず(公労委規則第三二条第六項。なお、申立人又はその代理人が故なく審問に出頭しないことに基き、申立を維持する意思を放棄したものと認められる場合も、ありえよう。)、審問においては、被申立人の申出た証人から証言させることもできるほか、事案によつては、職権で、証人に出頭を求め、質問することも、できないわけではないから(公労法第二五条の五第二項、労組法第二七条第二項申立人の協力がなくても、申立の実体的な内容につき、審問を行うことができないわけのものではない。そして、審問を終了するまでに、申立人が適切な証拠の申出を怠つた場合、実際上、その不利な判断をうける結果になるおそれがあるとしても、それは、申立人が自ら招いた結果として甘受すべきもので、もとよりこれにつき公労委が非難さるべき筋合いはなく、右のような結果を導くおそれあるの故をもつて、証拠の申出又は提出を怠る申立人は、申立を維持する意思を放棄したものと認めるべきであるとするのは、当らない。
三、以上のとおりであるから、控訴人の本件却下決定は、違法というほかなく、その取消を求める被控訴人の本訴請求は、理由があり、これを認容した原判決は、結局、正当であつて、本件控訴は、理由がないから、棄却することとし、控訴費用につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(桑原正憲 寺田治郎 浜秀和)